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曾祖母の故郷

《大分県中津市》
母方の曾祖母が17歳まで過ごしたところが中津。曾祖母一家が屯田兵として旭川に移住するため故郷を離れた。その後彼女は一度も故郷の地を踏むことはなかった。
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中津は福沢諭吉の故郷で、本当のところは分からないが、諭吉さんと曾祖母の兄とは交流があったそうだと母から聞いていた。
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〈福沢諭吉旧宅〉
諭吉が長崎に遊学するまでの幼少期を過ごした家。
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〈福沢諭吉勉強部屋〉
土蔵を諭吉自身が改造しその二階で勉学に励んだ。とても天井が低く狭い部屋だった。
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〈記念館〉
学問のススメ、咸臨丸で渡米、家系図、書簡、慶應義塾創設の資料等が展示されている。
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〈寺町〉
中津にはたくさんの寺院の集まる寺町があった。
「合元寺」は赤壁寺の異名がある。これは黒田如水の奸計で討たれた城主と家臣達の返り血が壁につき、何度塗り替えても浮き出てくるため壁の色を赤くしたと言い伝えられている。
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〈中津城〉
黒田孝高〈別名黒田如水・あだ名は黒田官兵衛)が豊臣秀吉の命により九州を平定し1588年に築城した。高松城、今治城とともに日本三大水城に数えられている。曾祖母の母や兄がお城勤めをしていたとのこと。
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〈耶馬溪羅漢寺〉
645年、インドの僧・法道仙人がこの地で修行したと伝えられる。険しい岩肌に作られた寺院で五百羅漢、3千数百体の様々な表情を見せる石仏を安置してある。
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〈耶馬溪青の洞門〉
僧・禅海が30年の歳月をかけて、のみと槌だけで掘り進め完成させた隧道で菊池寛の小説「恩讐の彼方」でも知られている。
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「中津に行ってきてほしい」という、90歳の母の願いで代わりに私が先祖の地に行くことが出来た。子供の頃祖父母の家に泊まりに行くと、必ず曾祖母が抱いて寝てくれた。寺子屋に通い、文字にも親しみ、美しい手まりや人形、紙細工をつくってひ孫を喜ばせてくれた「つるおばあさん」、どれほど故郷が恋しかったことだろう。中津の地に立っておばあさんの心の内に想いを馳せて、あの優しいまなざしを思い出し、とても懐かしく胸が一杯になった。
縁の地に案内して下さった友人ご夫妻に心より感謝いたします。
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by tianzao | 2009-06-05 17:40 |

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