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青函連絡船


遭難した洞爺丸
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1954年(昭和29年)9月26日、台風15号は急速に発達しながら津軽海峡を北上し、風速50メートルにも達する暴風雨が荒れ狂い、青函連絡船「洞爺丸」は乗客乗員の尊い命と共に七重浜の沖に沈んだ。同じ日、貨物船日高丸、第11青函丸など5隻の船が津軽海峡の波間に消えた。この海難事故の犠牲者は1430名にも及んだ。この衝撃的な事故以来、トンネルを掘って本州と地続きになりたいと望む声は一段と高まっていった。
青函トンネルは1964年(昭和39年)の調査掘削から24年の歳月をかけた大事業で、1988年3月のトンネル開通により、青函連絡船は惜しまれながら80年間にわたるその歴史の幕をおろした。

昭和57年夏、青森駅構内(写真右上に大雪丸が停泊中)
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ねぶた祭り
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連絡船切符(1200円)
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私と夫はねぶた祭りを見に行くため青函連絡船「大雪丸」に乗船した。6年後、青函連絡船はその役目を終えたため、「大雪丸」は私たちが乗った最後の連絡船となった。
夫は青森市で生まれ6歳まで育った、その後津軽海峡を挟んだ函館で多感な時期を過ごした。両親の里青森に帰省するときはいつも青函連絡船を利用していたので両親共々失われゆくものへの哀惜の気持ちが強かったことだろう。
私が初めて青函連絡船に乗船したのは中学校の修学旅行だった。船底の3等船室から丸窓に波打つ海面が見えた。唸るようなエンジン音、揺れる船室、船酔いに苛まれての旅だった。
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by tianzao | 2007-04-07 23:08 | 遠き日に

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